高校時代のHな 話(投稿編) 1-30

     

【1】海 1/3 宮ノ下 要 様 投稿日 2006年3月14日  
高校一年生の夏休みのことです

事の始まりはAからの電話でした
「もしもし 要? 今度の月 火 水 泊まりがけで海に行かない?」
Aに誰と行くのかときくと 要も知ってる人二人 とだけ答えました
そして私達は月曜にT駅で待ち合わせすることになりました

そして 月曜日 私がT駅に到着すると
待っていたのは Aとあのまゆとあやでした
私はてっきり元クラスメートの男子が一緒にいくものだとおもっていたので驚きを隠せませんでした
そう よく考えるとAはまゆたちと同じ高校に進学していました
でも なぜか Aはうかない顔をしていました

そして 昼頃になり目的地に着くと私達はホテルにチェックインしました
驚いたことにホテルは一部屋しか予約してませんでした
あやは 「男なら細かいこと気にしない 気にしない」と言って さっさと手続きを済ましてしまいました
荷物を置いてすぐに泳ぎに行くことになりました

まゆは よくそんなの売ってたなぁ と思うくらいのきわどいビキニを来ていました
紐パンというか 本当に隠すところだけをギリギリに隠してました 
お尻は肛門だけを 前はマンコを 上は乳首 だから お尻と胸はほとんど見えているような状態でした
ビーチに出るとほとんどの男はまゆに釘付けでした
あやは まゆに一人で焼きそばを買いに行かせたりと一日かけてまゆを弄んでいました
Aにきくと案の定まゆはあやに 弱みを握られていたそうです
ホテルに戻る時になるとAはぼそっと言いました
「ごめん 要」と

ホテルに帰ってからは トランプをしたりテレビを見たりとりとめもない話をしたりとまぁ 
修学旅行のようにスゴしました 
部屋には一応小さなバスルームもあったのですが 大浴場に入りました

その後は何事もなくそれぞれのベッドで眠りについたはずでした
5時頃の話です
私は頬を強く叩かれておきました
私はうとうとしながら目を覚ましたのでしたが そこでようやく自分の異変に気付きました
気付くと 自分の両手両足は 4つの手錠でベットの端につながれ大の字のようにされ 
その上ボクシンググローブまでつけられて動けなくなっていました
顔を上げるといきなり口にものを詰め込まれ一切話せないようにされ 
そこには しっかり私以外の三人が立っていました

全く状況がつかめませんでした
すると あやが 「おはよう 要君 お目覚めのきぶんはどう?」と話しかけてきました 
こんな状況で気分も何もあったモノではありません
声を出そうにも くぐもった「ん〜」と言う声にしかなりませんでした
「実はね この旅行 要君で遊びたいナァ と思って私が計画したの Aの協力を得てね 
ちなみに Aとまゆは私の家来みたいなモノだから助けてくれるなんて期待はしないほうがいいよ」
そういうとあやは私の浴衣を脱がせ始めました
私の身体は中三の終わりから急激に成長し高一の夏休みには165cmと普通サイズになっていました
私の浴衣は簡単に上の方へと追いやられてしまいました 私が身につけているのはトランクスだけ
すると あやは「じゃ トランクスは剥ぎ取りにくいから切っちゃおうか」と言ってまゆに切らせAにはビデオをまわさせました 
私はいとも簡単に真っ裸にされてしまいました

見られているという羞恥心からか私のチンチンは大きくなってしまいました こんな状況にもかかわらず
それをみたあやは 「こんな状況で大きくなるって 要君って変態じゃない?」や
「へぇ 思ってたよりでかいんだぁ」など羞恥心をかき立てるようなことを言いました
私は自分から何かをするのは好きなのですが 
他人に無理矢理されるのはイヤだったのでじたばたしたのですが 手錠のせいで逃げることが出来ません
「まゆ これでセンズリやってよ」とまゆに命令しました
まゆは顔を赤らめながら 冷たい手を私のペニスに添えしごき始めました
私はこのときすでに童貞を捨てていたのですが 
女性にしごかれるのは初めての体験でなんとも言えない感覚をかんじていました 

そんなときに あやがいいました
「ねぇ まゆ 私ってやさしいよね まゆが処女だから処女膜破らないでいてあげてるんだから 
だ・か・ら・さぁフェラチオくらい見せてくれてもいいと思うんだけどなぁ どう?まゆ?」
まゆは 私のモノを見てかなり躊躇しました
「ま〜ゆ いやならやんなくてもいいんだよ でも わかってるよね?」
というと まゆは怯えた顔で私のモノを口に含みました

フェラチオはあまり気持ちよくはなかったモノの 
まぁまぁ可愛い女の子が私のモノを嫌々ながらもしゃぶってくれているという
シチュエーションにイってしまいました
私がぐったりしていると 私の拘束を解かないまま器用に手錠を付け替え 
今までは仰向けに大の字だったのですが うつむけの大の字にかえられました
私はてっきりもう終わったものだと思っていたのですが あやの方を見ると不適に笑って私に言いました

「あっれぇ? もしかしてもう終わったと思ってる? 言わなかったっけ? 
わ・た・し が要君で遊びたいんだよ まゆだけでおわるわけないじゃん てかむしろ今からが本番だよ〜ん」
といいながらあやはこともあろうにバックからバイブを取り出しました
驚いた私はじたばたもがくのですが やはり 動けません
「本当はAのチンチンをつっこませてもよかったんだけど それじゃ絵的に良くないし 
私も面白くないからコレにしてあげる 何てやさしいんだろうね 私って」
私は 優しさを取り違えてると思いながら懸命にもがくのですが
あやが私の背中にのると私はもがくことすら出来なくなりました
「ほんじゃ いきま〜す」というとバイブを私の尻の穴に突き刺しました
「あれ?意外に入らないもんだね」と言いながらむりやりねじこんでいきます
かなりの激痛に声にならない声を上げました 根元まではいると
「ははは 痛そうだね それじゃ本番行くよ」と言いバイブの電源を入れました
私は下半身をえぐられるような感覚でした

あやの「お遊び」が終わり私は虚脱感と喪失感で一杯でした
特に何かを失ったわけではありませんでしたが私の中で何かが崩れた気分でした
私はその時
(俺はやられっぱなしじゃすまさない 絶対にやり返してやる)
と思いつつ疲れのせいか深いまどろみの中に落ちていきました

【2】海 2/3 宮ノ下 要 様 投稿日 2006年3月14日  
私は次の日の日中を一日中ホテルで過ごしました
あやたちは外に遊びに行っていました 私の屈辱的なビデオテープを持ったまま
私は作戦を練り あやの荷物をあさり 手錠、ビデオカメラ、口封じの道具、バイブの所在を確認しました

そして昨日のことなどなかったのように過ぎ去り 待ちこがれてた夜が来ました
寝たふりをして 皆が寝静まるのを確認して行動を開始しました
まず 例の手錠であやの身体を封じて それから まゆを起こし昨日と同じような状況を作り出しました
そこでようやくあやを起こし 綾が俺に言ったように嫌みたっぷりにこういいました
「おはよう あや お目覚めの気分はどう?」
あやはようやく自分の状況を理解し じたばたし始めました
けれど 昨日の俺と同じく 声を出そうにも出せず 動こうにも動けず 何も出来ない状況でした
私が待ちこがれた 復讐 の時間でした
「昨日は俺で思う存分に遊んでくれてありがとうね ちょっとお返しがしたくてこんなことしたんだ」
というと 私はあやのパジャマを脱がせました そして胸をあらわにさせパンツ一枚だけにしました
「さてと あやはこの後どうなるか分かるよね」
というと ジョキッとあやのパンティの両端を切り落としました
あやの真っ裸の姿を まゆに隅々まで撮らせました 
全身はもちろんマンコを広げた様子やお尻の穴を広げた様子まで あやはすでに目が潤んでました 
まゆは嬉々として撮影していました 相手があたかもAVアイドルでもあるように
「昨日は あやはこの後何してくれたっけ? 確か俺の性器を弄んだ後なめてくれたんだったよね」
とわざとあやに言い昨日のことを後悔させつつ弄びます

そして私はまずへその当たりから陰毛付近までベロッとなめました 
そして マンコを丹念になめ回します そして胸をさわり お尻をもみし抱きました
そして 昨日あやがしたように手錠を変化させ 体の向きをうつむけにかえ
まやのお腹の当たりに自分の膝を入れ腰を浮かせお尻を突き出すような形を作って言いました
「昨日 あやは俺にわるいことしたから その分お仕置きしなきゃいけないね
 お尻ペンペン20回で許してあげるよ」
といい 形のいいぷりっと下お尻を叩き始めました 
しかも 思い切り叩くのではなく屈辱感を出すため ぺちん ぺちんと音が出るように叩きました

たたきおえるとあやがもう終わったかのようにおびえながらもホッとしていました
そこで 私は絶望に突き落とす一言を言いました
「あれ? もしかしてもう終わったと思ってる? 昨日も まだ続きがあったよね 何してくれたっけ? 
確か俺にバイブつっこんでくれたよね でもね・・・・
俺はあやみたいに優しくないから俺のコレつっこんじゃおうかなぁ?」と言い
あやに 大きくなったアレを頬に持っていきぺちぺち叩きました あやはもう泣き顔でした

「あやは処女なの?」ときくと まゆは「違うらしいよ」と答えました
あやはきっと飼い犬に手を噛まれた気分だったでしょう そこで私は面白いことを考えました 
私はまゆに問いました
「まゆは もうやめてほしい? それとも あやにバイブを入れて欲しい? 
それとも 俺のコレ入れて欲しい?」と
すると 「あやには色々されちゃったしなぁ」と言いながらあやの顔を眺め少し間をおきました 
あやはわらをもすがる思いでまゆを見ました 
あたかも「もうやめてあげて」と言うのを期待しているかのように 
ですが期待ははずれ「あやにソレ入れてあげて」と言いました

そして 私はあやのバックにまわり 「んじゃ そういうことなんで」といい 
コンドームをつけずに生で挿入を開始しました 
あやのはかなりきつかったのですがやはり膜はありませんでした 
何度もピストン運動を繰り返しあやはそのたびに「ウッ ウッ」などと声を漏らしました
「嵌めた相手にハメられてねぇ いい気味 あや似合ってるよ」と
まゆは皮肉たっぷりに言い放ち何枚も写真を撮りました
射精の少し前に抜きあやの全身に精液を出しました
その後もまゆはアナルとマンコの両方にバイブをつっこんだりして遊んでいたのですが
私は疲れていたため身体を洗ってそのまま眠りにつきました

【3】海 3/3 宮ノ下 要 様 投稿日 2006年3月14日  
翌朝 あやの手錠は外されており あやは頬に泣いた跡が見えたけれども
疲れ果てたのかパジャマですやすや眠ってました
今日はpm6時に帰路に就くことにして また海や部屋で遊ぶことにしました
水着に着替えたのですが一昨日まゆが着させられていたかなりきわどい水着を あやが着ていました 
確認はしませんでしたがおそらくはまゆがあやに着させたのでしょう 今までの復讐を兼ねて・・・。

困惑していたのはAでした 私は昨夜のことをAに話すと 
どうして起こしてくれなかったの と言ってきましたが 
俺が非道い目に遭った発端はAだったので起こす気にはなれなかったのです 
まぁ今日楽しめばいいじゃん などと言いAをごまかしました
あやはそんなきわどい水着を着る準備はしてなかったので 股から下の毛がはみ出ていました
まゆは「今まで私にやらせてきたことだから平気だよね」といい 無理矢理海に連れて行きました
そして あやは顔を真っ赤にして隠れるように海に入っていきました 
全身が隠れるくらいの水深120cmくらいのところに逃げ込みました

それを見計らってまゆが近づいていき私とAが続いて着いていきました
あやのところまで行くとまゆが紐水着に手をかけて
「もう見られちゃったんだから水着意味ないんじゃな〜い?」と言い一気に上下の紐をほどきました 
そしてまゆはすかさず水着を回収しあやは海の中で真っ裸にされました

Aはゴーグルをつけまじまじとあやの裸体を眺めていました 
それがあやの羞恥心を高めたのか あやの顔は今までにない以上に赤くなり 
あやは必死にまゆに水着を返してくれるように嘆願しました 
するとまゆは「じゃあ ここから10Mほど右に向かって平泳ぎで往復出来たら返してあげる」と条件をだしました 
あやは条件を呑むしかなくしぶしぶ平泳ぎを始めました 

そのうちに 私達は砂浜に向かって移動を開始しました 
あやは早く終わらせたいがタメに一心で泳いでいたため こちらの動きに気付きません 
何も知らずに浮き沈みするあやのお尻が滑稽で仕方有りませんでした
約10Mほど泳いで振り向いた時もちろん私達の姿はありません
私達は出来る限り人混みの方に移動しました
幸か不幸かあやの周りには人はいませんでした 
あやは私達がいないことに気付いて肩までどっぷりつかりきょろきょろと私達を捜していました

私達は話し合った結果ある行動に出ました
Aがあやに近づいていき にやにやしながら話しかけます
「少し助けてあげようか」と
すると 「誰の所為でこんな目に遭ってると思ってるのよ」と多少涙目で訴えかけてきましたが
冷たく突き放します「自業自得じゃないの?」と
そしてAはあやの説得にあたります
「まぁ 落ち着いてよ 騒いで誰かに来られたらこまるのはあやでしょ? 
で 今 あやはなにもきていないから部屋に戻ろうにも戻れない 
水着はまゆたち持っていってここにはない んであやはここから一刻も早く立ち去りたい 
親切にも俺はあやを少しは助けようとしてる」
「どうするの?」
「俺があやを運ぶ あやが俺に密着しさえすればお尻以外は他人に見られない どう?」
あやは迷った結果了承しました

あやはコアラのようにAの前身にしがみつきました
初めはみえないようにお尻をもって感触を堪能するだけだったのですが 
あやの全く抵抗できない多少マンコなどきわどいところをまさぐり始めました 
恥ずかしくて目をつむっていたのですが驚きのあまり目を見開きました 
そして牽制するように言いました
「騒ぐとこのまま置いていくよ」と
そして 身体が空気中に出る頃には見えないように右手でぴっちりお尻の割れ目をおさえていました 
まぁそれでも充分に注目は引きつけられたのですが
私とまゆは隠れながらその光景をカメラで撮影していました
そして 私は まゆとAとあやを先にホテルに戻らせ 一人でフィルムを現像しました
そして 写真に色々な落書きを書きました
Aがあやを抱っこしてる写真に「野外露出中 私をもっと辱めて」や
平泳ぎの写真に「全裸で海水浴気持ちいいなぁ」とか
バックでやってる写真に 「もっといろいろなひとにつかれた〜い」など

彼女とはその写真をネタに 3,4回やったモノのその後はあってません 

【4】怖かった思い出 仙堂 杏樹 様 投稿日 2006年4月3日 
高校生の時、他の友達の女の子が「男子に・・・」と泣きながら走ってきました。

話を聞くと、男子達に呼び出され行ってみると5〜6人が来て
彼女の制服を裂いておっぱい・まんこ・クリトリスなど、
無理やりだして自分達の気がすむと彼女をそのままにして帰って行ったそうです。(彼女はCカップ)
私は、「私はないよね〜」と思いましたが、何日かたったころに私も被害にあってしまいました。
(私はどういうわけか大きくなりすぎてDカップでした。)

私は、好きな人に呼ばれたので行ってみると彼じゃなく他の男子達でした。
私は小学生の時、空手をやっていてそれで逃げようとしましたが
男なので一人しかやっつけられなかったので彼女と同じようにされました。

彼らはまた私が抵抗するといけないのでロープで縛りました。
私はそれだけで小さな声で「う・・んっ、あっ」など声を漏らしてしまいました。
それを聞いたのか一人が胸を制服の上から揉み始めました。
後のやつらはまんこなどをいじっていまいした。
それを繰り返しやられました。

私はなんか怖くなって泣いてしまいました。
そしたらロープを解いてくれました。

【5】飲酒がバレて・・・ さやか 様 投稿日 2006年5月12日 
高校2年の夏の時、体育館の裏での飲酒が、
よりにもよって校内で最も評判が悪かった男の体育教師にバレて、指導室に呼び出されました。

停学を受けたくない一心で土下座しながら、
「何でも言う事を聞きますから、停学にしないでください」と懇願したら、
体育教師が「本当だな?」と念を押してきたので、つい「はい!」と答えてしまいました。

体育教師に「じゃあ、下半身裸になれ」と言われました。
何でも言う事を聞くと約束してしまった手前、仕方なくスカートとパンツを脱ぐと、
いきなり体育教師に制服のブラウスの上から胸を触られて
「言っておくが、俺はぺチャパイには興味ないから、上半身は裸にならなくていいぞ」と嫌味を言われました。
悔しかったけど、体育教師の暴力が怖いので耐えました。

体育教師に「四つん這いになってケツを上げろ!」と言われて、その通りにしたら、
体育教師に丸出しのお尻を触られて「いいケツしてるな」と言われて、
その後もお尻を撫でられて頬擦りもされました。
気持ち悪かったけど、停学を免除してもらうためなので、ひたすら我慢しました。

それから体育教師に、お尻の穴にイチジク浣腸を三つ入れられて、
お尻の穴を押さえ付けられて、五分間我慢させられて、バケツの中に排泄をさせられました。
人前での排泄は死ぬほど恥ずかしかったです。排泄し終わると、
体育教師にティッシュでお尻の穴を拭かれました。もし誰かに見られたら、二度と学校には行けませんでした。

これでお仕置きは終わりと思って、パンツを穿こうとしたら、
体育教師に「まだ終わりじゃないぞ!」と言われて、お尻を思いっきり強く抓られました。
お尻の肉が千切れそうでした。

その後、体育教師に腕を掴まれて、体育教師の膝に乗せられて、
体育教師の平手が私の丸出しのお尻にバチーン!と振り下ろされました。
あまりの痛さに「痛い!」と叫ぶと、体育教師に「お仕置きなんだから、痛いに決まってるだろ!」と言われて、
体育教師の膝の上で1時間ぐらい、お尻を叩かれました。
お尻叩きのお仕置きが終わってから開放されましたが、しばらく涙が止まりませんでした。

下校中は、歩く度に腫れ上がったお尻の谷間が擦れてしまうので辛かったです。
約束通り、停学を免除してもらった事だけが、唯一の救いでした。

これに懲りて飲酒は辞めましたが、それ以来、このアブノーマルな体育教師には、
毎日のように制服のスカートの上からお尻を撫でられて、
些細な事でも下半身裸にされて浣腸とお尻叩きのお仕置きをされるようになりました。
卒業するまでの間が、とても辛かったです。

【6】ボイコット 舞 様 投稿日 2006年5月17日 
これは私の女子高時代の体験談です。

中学校を卒業した後に進学した女子高では、酷い担任(男:40過ぎ)に当たってしまいました。
その担任というのは、まず顔が凄くブサイクで、性格は極めて陰湿で、
その上、背後からいきなり私たちのお尻を揉んだり、
何かと理由をつけて私たちのお尻を平手で思いっきり引っ叩く変態中年男だったのです。
そのため、私も含めて皆、担任が大嫌いでした。

でも、180を超える長身の上に、かなりガッシリした体格の担任が怖くて、誰も逆らえませんでした。
しかも担任は、見た目以上の馬鹿力と、非常に大きな手の持ち主だったので、
担任にお尻を平手で引っ叩かれる痛さは尋常ではありませんでした。
信じられないとは思いますが、生活指導の先生(男:50過ぎ)にお尻を竹刀で思いっきり引っ叩かれる痛さよりも、
担任に平手でお尻を引っ叩かれる痛さの方が明らかに上でした。

担任は国語教師でしたので、国語の授業とホームルームが物凄く辛かったです。
担任が毎日大量に出す宿題をし忘れたり、
ちょっとでも私語やヨソ見をすれば容赦なくお尻を引っ叩かれ、
遅刻なんかした日には、生活指導の先生にお尻を竹刀で引っ叩かれた後に、
担任に平手でお尻を引っ叩かれてしまいました。

担任の受け持ちの国語の授業で、授業が始まっても席についていなかったり、
忘れ物をしたり、担任の質問に対して正解が言えないと、
酷い罵声を徹底的に浴びせられて泣かされた挙句、お尻を引っ叩かれて、授業が終わるまで床に正座でした。

そして1年の1学期の半ば頃、そんな担任の授業なんか、これ以上受けたくなかったので、
クラスの皆で担任の授業をボイコットしたのです。
皆でボイコットすれば怖くないと思いましたし、担任が謝罪するかもしれないと思っていましたが、
現実は甘くはありませんでした。

その日の放課後は、クラス全員揃って教室の床に1時間以上も正座させられて、
その間は、担任の大目玉を食らわされてしまいました。
その後、担任に「舐めた真似をしてくれた御礼に、お前たち全員の駄尻を引っ叩いてやるから、全員起立しろ!」
と言われました。

今までみたいに、スカートの上から引っ叩かれると思っていたら、
担任に口から「トビっきりキツイのを御見舞いしてやるから、全員パンツを下げてから、
両手を机に置いて尻を突き出せ!」と言う信じられない台詞が出て来たのです。

もちろん耳を疑いましたが、担任が「早くしろ!俺が言った事が聞こえんのか!」と物凄い剣幕でしたので、
従うしかありませんでした。
大嫌いな男教師が見てる前でパンツを下げる羽目になり、恥ずかしくて悔しくて惨めでした。
お尻がスースーして変な気分でした。

それからクラス全員一人ずつ、担任にスカートを捲られて生尻を平手で思いっきり50発も引っ叩かれて、
お尻が真っ赤に腫れ上がってしまいました。
クラスの人数は40人以上でしたので、まさか一人につき50発も平手で引っ叩かれるなんて思いも依りませんでした。
それまでされていた、スカートの上からお尻を引っ叩かれる痛さも確かに尋常ではありませんでしたが、
生尻を引っ叩かれる痛さは、まるで別次元でした。
そのため、私も含めて全員、生尻を引っ叩かれる回数が10も行かない内に泣き出してしまったのですが、
私たちがどんなに泣き叫んでも担任は全く意に介しませんでした。

担任にスカートを捲られた時は、好きでもない異性に生尻を見られて凄く恥ずかしかったのですが、
担任の大きくて厳つい平手で思いっきり引っ叩かれた瞬間、
お尻に今まで味わった事が無い凄まじい痛さが走ったため、
たった1発で生尻を見られて恥ずかしいだなんて思っていられなくなってしまいました。
その後は、完全に生き地獄でした。皮肉にも、スカートとパンツの有難さが身をもって理解できました。

当然ながら、2度と担任の授業をボイコットしませんでした。
でも、その日を境に担任は、自分のクラスの生徒をお仕置きする際は、
必ず生尻を平手で10発以上引っ叩くようになったのです。
担任のお仕置きは、それまで以上に些細な事でも、行われたので、
毎日必ずクラスの何人かが、担任に生尻を平手で引っ叩かれて泣かされていました。

担任にスカートを捲られてパンツを下ろされて生尻を揉まれたり、
連帯責任としてクラス全員が生尻を50発ずつ引っ叩かれる事さえも、
決して珍しい事ではなくなってしまいました。
私たちが反抗出来ないのをイイ事に、担任はやりたい放題でした。

おまけに、クラス替えが無い女子高でしたので、3年近くも、同じ変態中年男の担任に、
生尻を揉まれたり平手で引っ叩かれる日々を送っていました。

【7】二人っきりのクラブ アキ子 様 投稿日 2006年5月30日 
高校の時のクラブは私だけで、顧問は、
伊藤好美先生(仮名)といって、30近くになっても未婚の女の先生でした。

当然、クラブ活動の間は好美先生と二人っきりでしたが、好美先生は、いつも私のお尻を愛撫してきました。
好美先生に初めてお尻を愛撫されたのは入部初日でした。
私が自己紹介をすると、好美先生が「ちょっと後ろを向いてもらえるかしら?」と言ってきて、
変に思いつつ、言われた通りにしたら、突然、好美先生にスカートを捲り上げられてパンティを下げられてしまい、
「良いお尻してるわね♪」と丸出しのお尻を撫でられました。

勇気を振り絞って「止めて下さい!」と言っても、
好美先生は「女同士なんだから、問題ないわよ」と聞く耳を持ちませんでした。
結局、クラブ活動が終わる時間まで好美先生に、
丸出しのお尻を撫で回されたり頬擦りされたり舐め回されていました。
怖くて気持ち悪かったけど、ちょっとでも抵抗しようとすれば、
「大人しくしなさい!」とお尻をギュッと強く抓られました。

クラブ活動が終わる時間になって、私がパンティを穿き掛けてたら、
好美先生が「そのパンティもらって良いかしら?」と聞いてきました。
嫌だったけど、断れば何されるか分からないのでパンティを渡したら、
好美先生は「ありがと〜♪大事にするわ♪」と大喜びでした。

「良い香りね♪」と言いながら、私のパンティの臭いを嗅ぐ好美先生の姿には、鳥肌が立ちました。
少しでも早く、この場を離れたくて帰ろうとしたら、
好美先生が「いい?アナタのお尻は私の物なんだから、絶対、私以外の人に見せたり触らせたりしたら駄目よ」と言ってきて、
その身勝手な言葉に腹が立って無視して帰ろうとしたら、
突然、好美先生にお尻をスカートの上から平手で叩かれました。

とても痛かったので、「はい、分かりました」と答えたら、「分かれば良いのよ」と言われ、帰らせてもらえました。
ノーパンは恥ずかしかったので、下校途中、店に寄って新品のパンティを購入して、それを穿いて帰りました。
入部二日目からは、クラブ活動の間中は下半身裸にさせられて、
好美先生に丸出しのお尻を愛撫されていました。
お尻の穴に指や舌を入れられた事もありました。

時々、好美先生も下半身裸になって、オマンコを私のお尻に擦り付けてきて、
その所為で私のお尻が好美先生の愛液に塗れてしまったり、
私の丸出しのお尻を眺めながらオナニーをした事までありました。
好美先生のオナニー姿を見てしまった時は、吐き気がしました。

そして、ある日の事でした。いつも通り、好美先生が私の丸出しのお尻を撫でていたら、
急に「ねぇ、この大きなお尻叩いていい?」と言ってきて、丸出しのお尻を平手で叩かれました。
入部初日に、スカートの上から叩かれた時よりも、更に痛かったです。

好美先生は「堪らないわ〜♪この快感♪」と嬉しそうで、数十発叩かれました。
私が「痛い!止めて下さい!」と泣いて訴えても、好美先生は「アナタに拒否権がある訳ないでしょ!」と言って、
気が済むまで叩くのを止めませんでした。

その後、好美先生は「赤くなったお尻も素敵ね♪」と言って、クラブ活動が終わる時間まで、
真っ赤になったお尻を愛撫されました。
それからは、週2・3回、好美先生に丸出しのお尻を平手で数十発叩かれるようになりました。
クラブを辞めたくても、とても「辞めさせて下さい」と言える雰囲気ではありませんでした。

クラブ活動のとき以外は、さすがに下半身裸にはされませんでしたが、
廊下を歩いていて、後ろから好美先生にスカートの上からお尻を撫でられたり、
階段を上っていて変な視線を感じて振り向くと、
好美先生が私のスカートの中を覗いていたという事が、しょっちゅうありました。

好美先生と顔を合わせるのは生理的に嫌でしたけど、こんな事、誰にも相談できなかったので、
3年間ずっと我慢するしかありませんでした。

【8】男の子にサービス ルミ 様 投稿日 2006年6月20日 
高校3年生の頃の思い出です。
その日の放課後、私が廊下に座って携帯をいじっていたら、
2年生の時に一緒のクラスだった男の子が、私のスカートの中を凝視していました。

その日は、レースのピンクを穿いてましたから、その男の子にサービスしちゃいました。
気付いてない振りして、股を開いたり閉じたり、下着の上から自分の股間を撫でるとかして上げちゃいました。
男の子は、顔だけでなく耳まで赤くなって、とても可愛かったです。

【9】女子バレー部のペナルティ 美千代 様 投稿日 2006年6月28日 
高校の時の女子バレー部には、ペナルティとしての腕立て伏せがあったのですが、
必ず監督(男)は、腕立て伏せする女子部員の前に座って、声をあげて回数を数えていたのです。

女子バレー部員は部活中、監督曰く「体育館内だから」という事で、
冬でも下はブルマーで上はTシャツで、ブラジャーは「汗疹ができるから」という理由で禁止でしたから、
どう考えても、垂れたTシャツの胸元から、私たち女子部員の乳房を見ているとしか思えませんでした。

腕立て伏せする回数なんですが、ミスは30回、5分以内の遅刻は50回、
5分を超えた遅刻は100回、サボりは200回と決められていました。
ヒジがちゃんと曲がっていなかったり、監督の号令についてこれなくなったり、
腰を浮かしてヒジだけ軽く曲げただけの腕立てなんかしたら、即アウトでした。

そうなった場合は、達成できなかった回数分、木の棒でブルマーのお尻を思いっきり叩かれてしまいました。
それで泣いてしまった女子部員も決して少なくはありませんでした。私も、その一人です・・・。

【10】後輩のK君 沙織 様 投稿日 2006年6月30日 
高校2年の一学期の終わり頃、下校中に、中学の頃から面識がありました
1年後輩のK君と鉢合わせしましたので、一緒に帰りました。

そのK君は、童顔で背はそんなに高い方ではありませんでしたので、
高校に入っても、よく中学生に間違えられていました。

二人で歩いている途中、突然K君が私の真ん前に立ちました。
K君の両手が私の胸に向かって伸びて来て、次の瞬間、制服の上からオッパイを触られました。
それからK君は、ニコニコ顔で「沙織先輩のオッパイ可愛いっスね」と言って、私のオッパイを揉み始めました。
幸い、周囲には人が居ませんでしたので、騒動になる事はありませんでした。

初めは恥ずかしかったのですが、K君は、あどけない顔に似合わず揉み方が、
たいへん上手でしたので、次第に気持ち良くなって行ってしまいました。
それ以降も、私が卒業するまでの間に、K君にオッパイを揉まれた事が数え切れない位ありました。
私は日頃から、自分の小さなオッパイにコンプレックスを抱いていましたので、本当に嬉しかったです。

【11】女子高時代の男性体育教師&お爺 ちゃん先生 澄子 様 投稿日 2006年7月2日 
私が通っていました高校は女子高でしたが、校則が厳しい学校でした。
特に女の先生は、みんな厳しい人ばかりで、違反が女の先生に見つかれば、
決まって、正座か草むしりのどちらかをさせられていました。
一方、男の先生はと言いますと、厳しい人は半数ぐらいでした。
ですが残念ながら、生徒の胸やお尻を触ってきたり、スカートの中を覗き込む破廉恥な先生が数人いました。

中でも一番ひどかったのが、私のクラスの体育の授業を受け持っていました男性体育教師のY先生でした。
Y先生には、ブルマーを強制させられ、どんなに寒い日であっても、ジャージを穿く事は許されませんでした。
体育の授業前は決まって、Y先生が「早く着替えろ!」等と言って、更衣室に堂々と入って来たのです。
当然ながら、Y先生にイヤらしい目で見られながら体操着に着替える羽目になってしまい、
胸の大きい人は「お前、良い乳してるな」とY先生に胸を揉まれていました。
Y先生は、水泳の授業時も例外なく更衣室に入って来ましたので、
着替え中、ニヤケ面のY先生に全裸を見られてしまって最悪でした。

体育の授業の間、Y先生には、しょっちゅう胸やお尻を触られ、
少しでもダラケたら、お尻に蹴りや膝蹴りを思いっきり入れられました。
Y先生の機嫌が悪い時は、体育の授業の始めに、
全員が校舎の壁(水泳の授業時はフェンス)に両手をつけてお尻を突き出す格好をさせられて、
一人につき5発ずつお尻に蹴りを思いっきり入れられてしまいました。
とても痛かったですし、なによりも屈辱でした。

校内では、厳しい男の先生方による私たちへの体罰が横行していましたが、
私たちのお尻を蹴るのはY先生だけでした。
最も多かったのが、竹刀や木の棒と言った道具でのお尻叩きで、
次がビンタで、その次がゲンコツで、女子生徒相手に容赦なしでした。

そして一人だけ、私たちのお尻を素手で叩いていた男の先生が居たのです。
それが、お爺ちゃん先生でした。私たちのお尻を道具で叩いていた男の先生方は、
スカートの上からでしたが、お爺ちゃん先生だけは必ず、
お仕置きする生徒のスカートを捲ってパンツを脱がせてからでした。
ようするに、お爺ちゃんが女子高生の生尻を素手で叩いていた訳です。

お爺ちゃん先生の担当科目は英語でした。
忘れ物をしたり宿題をやっていなかったりしたら、
お爺ちゃん先生に必ず「さあ、前に来なさい」と呼ばれました。

呼ばれた生徒が、黒板に両手をつけてお尻を突き出す格好をしますと、
お爺ちゃん先生は「さて、君のお尻はドコかな〜」と言いながら、
スカートを捲ってパンツを脱がせて、お尻を軽く撫でてから、素手で生徒の生尻を最低でも4発叩いていたのです。

お爺ちゃん先生は、見かけによらず凄い力持ちでしたので、
生徒の生尻を素手で叩く音が教室中に響いていました。
質問に答えられなかった場合も、同様にお尻ペンペンでしたので、
クラスのほぼ全員が、お爺ちゃん先生に素手で生尻を叩かれた経験がありでした。

私自身、英語は大の苦手でしたので、3年間、英語の授業の度に、
お爺ちゃん先生にお尻ペンペンされていました。
お爺ちゃん先生のお尻ペンペンは物凄く痛かったのですが、
シワシワで温もりのある手の平が、とても心地良かったので、不思議と嫌な感じがしませんでした。
Y先生にお尻を蹴られたり、別の男の先生方に道具でお尻を叩かれた時とは、雲泥の差でした。

それからは、しっかりと英語のテスト勉強をしましたので、0点・一桁・10点台こそありませんでしたが、
私は英語が根本的に駄目駄目でしたので、3年間一度も50点以上が取れず、
英語のテストが返却される度に、お爺ちゃん先生にお尻ペンペンされていました。

お爺ちゃん先生に、お尻を触られたり叩かれるのは確かに嬉しかったのですが、
次第にオッパイとオマンコも触ってほしいと思うようになっていきました。
ついに我慢が出来なくなって、お爺ちゃん先生を騙して、二人で相談室に入室しました。

お爺ちゃん先生との二人っきりの空間でしたので、心臓が飛び出しそうな気持ちになりました。
何も知らないお爺ちゃん先生に「相談したい事とは何かね?」と聞かれた私は、
思わず「あの、オッパイとオマンコ触って下さい!」とストレートに言ってしまいました。
お爺ちゃん先生は、一瞬キョトンとしましたが、
少ししてから「何をバカな事を言っているんだね、君は!」と怒りモードになり、
そして、両手を机の上に置いて前屈みになるようにと言われてしまいました。

それでは、いつも通り生尻をペンペンされてお終いですので、
今思えば実にとんでもない行動に出てしまったのです。
何としてでも、オッパイとオマンコを触ってもらうため、お爺ちゃん先生の命令を初めて無視して、
まず制服のブレザーを脱いで、次にブラウスを脱ぎ始めました。

私の予想外の行動に、お爺ちゃん先生は呆気にとられていましたので、
その隙に、スカート脱いでブラジャー外してパンツ脱いで、
お爺ちゃん先生に、私の一糸まとわないオールヌードを披露する事に成功しました。

そして全裸まま、お爺ちゃん先生に抱き付こうとしましたが、
お爺ちゃん先生にオッパイを鷲掴みされて思いっきり握り締められてしまいました。
あまりにも痛過ぎましたので、スグに泣いてしまいましたが、
お爺ちゃん先生は、その後も数分間、私のオッパイを思いっきり握り締め続けたのです。
それから全裸のまま、お爺ちゃん先生に小脇に抱えられ、素手でお尻を200発ペンペンされてしまいました。
2度とこのような真似をしない事を誓って、許してもらいました。

残念ながら、目的通りにはいきませんでしたが、お爺ちゃん先生に全裸を見てもらえたのは嬉しかったです。
ただ、肝心のお爺ちゃん先生が、私の全裸を見てどう思ったかは定かではないですが・・・。
お爺ちゃん先生は、お仕置きには容赦ない人でしたが、普段は優しくてユニークで、
教え方も丁寧で、生徒の悩み事には真剣に相談に乗ってくれる人でしたので、かなり人気がありました。
女子高3年間は、理不尽な体罰をされて辛かった事も決して少なくはありませんでしたが、
お爺ちゃん先生が居たお陰で、思い出深い高校生活が送れました。
今でも、お爺ちゃん先生への(色々な意味での)感謝の気持ちは忘れていません。

【12】乳がん検査の刑 絵美 様 投稿日 2006年7月13日 
私が行っていた女子高に、気持ち悪い顔で「乳がん検査の刑」と言って、
女子生徒の胸を素手で思いっきり鷲掴みする、とんでもない男の体育教師がいました。

運が悪いことに、3年連続で体育の授業は、この体育教師が受け持ちでした。
授業に遅れてきたり、無駄話したり、球技で単純ミスしたり、長距離走で完走できなかったら、
即、体操着の上から「乳がん検査の刑」でした。
水泳の時は、水着の上から「乳がん検査の刑」でした。

この体育教師は物凄い握力してましたので、毎回、死ぬほど痛くて辛い思いをしてました。
体操着(もしくは水着)の上から胸を鷲掴みされた時間は、
1分間でしたが、毎回その1分が本当に長く感じてました。

私は、体育の授業では一度も忘れ物した事がありませんでしたが、
忘れ物をした子は、制服の上から胸を10分間も抓られて、
その後は、体育の授業が終わるまで正座させられました。見ていて本当に可哀そうでした。

この体育教師が担任でなかった事だけが、せめてもの救いでした。
この体育教師は「あくまでもお仕置きの為」と言ってワイセツ目的である事を全面否定してましたが、
これって明らかにワイセツ行為ですよね?

【13】数学の補習授業 彩 様 投稿日 2006年7月15日 
高校三年の一学期の終わりの日にテストが返却され、
帰りのホームルームが終わって帰ろうとしたら、数学の先生(男)に呼び止められました。
数学の試験の出来が悪過ぎたので、放課後、補習授業を受ける事となったのです。

先生と二人っきりの教室で補習授業が行われ、先生は私の隣に座り、丁寧に教えてくれました。
先生が私に「今教えた方程式を黒板に書くように」と指示し、私は黒板の前に立ちました。
先生に教わった方程式を黒板に書いている途中、悪寒を感じて振り向くと、
先生が手鏡を使って私のスカートの中を覗いていたのです。

私は慌てて両手でスカートを押さえました。すると先生は「それだと前がガラ空きだぞ」と言うと、
制服の上から私の胸を揉み始めたのです。
振り解こうにも力の差が歴然なので、どうにも成らず、
そのままスカートと下着を剥ぎ取られて下半身裸にされました。

助けを呼ぼうにも恐怖で声が出せず、先生は私の生尻とアソコを触り放題・舐め放題でした。
評判がよかった先生だけに、余計ショックが大きかったです。
その後も時々、その数学の先生に、制服の上からでしたが胸やお尻を触られました。

【14】週末のパンチラ サトル 様 投稿日 2006年7月18日 
高校時代の僕は、吹奏楽部所属で打楽器担当でした。
毎週、週末には楽器の積み込みとして、楽器を車に積み込む作業があったのです。
楽器の積み込み作業の担当は、同学年の女の子でした。

僕が在籍していた高校の女子生徒の制服は、スカートが結構短かったため、
その子が楽器の積み込み作業している間は、その子が屈む度にパンツ丸見えになったのです。
それで僕は、週末になると必ず、楽器の積み込み作業を手伝う振りをして、
その子のパンチラを拝んでいました。

その子が穿いていたパンツは、白だったり、ピンクだったり、水色だったり、文字通り色々でした。
たまに、白とピンクのストライプや、白と水色のストライプを穿いていて、本当に最高でした。
僕個人としては、確かに他の色も捨て難かったのですが、白がベストでした。

ちなみに、その子の体型ですが、オッパイは巨乳でもなければ貧乳でもない普通サイズで、
ウェストは細めで、お尻は結構大きかったため、
パンツからハミ出ていたお尻も、目の保養になっていたのです。

【15】プールで! サト 様 投稿日 2006年7月18日 
昨日です!
高2なんですが今日水泳がありました。
リレーがあったんですが僕の前の人が女子だったんですが
女子がプールに入って準備をしている間自分はそのコースの陸地でまってました。
その時下を除いたら水着の間から小さい胸がみえました!(微妙な隙間から。
小さかったのでなんかうれしかったです。

【16】私立H女子高等学校 みのり 様 投稿日 2006年7月21日 
私の出身高校は、A県内の私立H女子高等学校といいます。
今は、そうでもないみたいですが、私が通っていた頃は、大半の教師による体罰が横行していたんです。

特にひどかったのが、○倉○武(国語担当)、○合○彦(数学担当)、○野○三(英語担当)、
○木○喜(理科担当)、○田○昭(古文担当)、○井○雄(保健体育担当)、○井○純(美術担当)の7人でした。
見てわかると思いますが、7人とも男の教師です。

この7人の男教師は、いつも竹刀を持ち歩いていて、
教科のテストで満点が取れなかった生徒に対し不足点数分だけ、
その竹刀で生徒のお尻を手加減なしで叩いていたんです。

しかもそれが、一人ずつ床に四つん這いにさせて、お尻を上げる格好をさせた上に、
「スカートとパンツが、お尻を叩かれる痛さを和らげる」という理由で、
スカートを捲くってパンツを下げてから、生徒の生尻を竹刀で叩くという、とんでもない体罰だったんです。

私なんか一度も満点を取ったことが無かったので、
この7人の男教師が担当する教科のテストが返却される度に、
好きでもない男に生尻を見られながら、竹刀で生尻を叩かれて泣いていたんです。

この7人の男教師に体罰された時の体勢を考えれば、
生尻だけでなくアソコまで見られてたと思います。
当然この7人の男教師は、授業時でも、遅刻・忘れ物・私語・質問に答えられないといった理由で、
生徒に四つん這いさせて生尻を竹刀で叩く体罰を日常的に行ってました。
連帯責任を口実に、授業時間を潰してまで、クラス全員の生尻を竹刀で数十発ずつ叩いた事まであったのです。

それに、私が1年生の時は○倉○武が担任で、2年生の時は○合○彦が担任で、
3年生の時は○田○昭が担任でしたので、最悪な高校3年間でした。

当たり前ですが、全教科満点なんて普通あり得ません。この7人の男教師は、
口では「愛の鞭」とか言ってましたが、単に、女子生徒の生尻とアソコを見るのと、
竹刀で女子生徒に尻叩き体罰をするのが目的だったとしか思えませんでした。

本当でしたら、この7人の男教師の実名を晒したい所ですが、
名誉毀損の恐れがありますので、仕方なく伏字を使わせて頂いた次第です。

【17】セクハラ国語教師繭子 様 投稿日 2006年7月24日 
高校では、40過ぎになっても独り身だった男の国語教師に、3年間ほとんど毎日、
胸やお尻を触られるなどのセクハラをされ続けていました。

特に夏の時期がひどかったです。
胸に顔を近づけられて「下着は白以外ダメだぞ〜、白以外だと透けて見えるからな」などの卑猥な言葉を浴びせられたり、
「相変わらずオッパイでかいな〜、Dカップは余裕でありそうだな」などと制服ブラウスの上から胸を揉まれたり、
「安産型なのは良いが、ちょっとケツでか過ぎじゃないか?」などと制服スカートの上からお尻を撫で回された事が、
しょっちゅうありました。

更に「まさか高校生にもなって熊さんパンツとか穿いてないよな?」などと制服スカートを捲られた事もありました。
何回か、水泳の授業が終わって着替えようとしたら、下着が盗まれていた事がありました。
下着の盗難に遭ったのが、いずれも国語教師の授業が無い時ばかりで、
しかも国語教師の私を見る目が普段よりイヤらしかったので、犯人は国語教師だと思います。

しかし、決定的な証拠がある訳ではありませんでしたので、国語教師を問い詰める事が出来ずじまいでした。
泣き寝入りするしかなく、心底、悔しかったです。

【18】一人暮らしのおじいさん真由美 様 投稿日 2006年7月26日 
高二の夏休み前、下校途中に、一人暮らしのおじいさんの家の庭に勝手に入り込んで騒いでいた時、
私だけ逃げ遅れてしまって、おじいさんに腕をつかまれて奥の方の和室に連れて行かれて、
「近頃の若い娘は躾が成っておらんようだから、たっぷり尻を叩く必要があるな」と言われました。

そして、正座したおじいさんの膝に乗せられて「その制服は○○高校だな?」と聞かれたので、
私が「はい」と正直に答えたら、今度は「何年生だ?」と聞かれたので、
私が「二年生です」と正直に答えたら、おじいさんに「なら尚更、厳しい躾をせんとな」と言われて、
スカートを捲られて下着を膝まで下ろされてしまいました。
おじいさんに生のお尻を見られてしまって、すごく恥ずかしかったです。

そして、おじいさんにお尻を撫でられながら「乳と尻ばっかり育ちおって」と言われた後、
平手でのお尻叩きが始まりました。
あまりの痛さにすぐ泣きましたが、二時間以上おじいさんの膝の上でお尻を手加減なしに叩かれて、
お尻が真っ赤に腫れ上がってしまいました。お尻の感覚が無くなって、歩くのが辛かったです。
それ以来、おじいさんの家には二度と近づきませんでした。

【19】仮病まほ 様 投稿日 2006年8月26日 
私は、高校生の時に、担任教師(40代後半の男)から、生尻叩きをされました。
最初に生尻叩きをされた日である月曜日に、学校を仮病で休んだ事が担任にバレて、
私の家までやって来た担任の目の前で、制服に着替えさせられて、学校に連れて行かれました。

指導室で、スカートとパンティを強制的に脱がされて、生尻を150発ぐらい平手打ちされ、
私は泣き喚いてしまいましたが、それがかえって担任を余計に怒らせてしまい、
その週は毎日、放課後になると指導室に連れて行かれて、生尻を百発以上平手打ちされました。

その週の土曜日の放課後は、指導室で生尻を平手打ちされた後、
担任に「お前みたいな根性が腐った女は、俺は大嫌いなんだ!」と言われ、
下半身裸のまま、日が沈むまで正座させられました。

それに、それからは、どんな些細な事でも、担任に指導室に呼び出されて、
生尻を百発以上平手打ちされ、木の棒で生尻を百発以上叩かれて、
お尻の皮膚が破れて血が出た事も何度かありました。

しかも、担任は、私の下着姿や下半身の裸を見ても全然平気な顔だったので、
「・・・私って、そんなに魅力が無いのかな?」と惨めな気分になりました・・・。

中高バレー部でしたけど、高校時代のバレー部の顧問(男:40代半ば位:独身)が、とてもひどかったです。
竹刀でお尻を叩かれるのは当たり前で、乳房も頻繁に叩かれました。竹刀で乳房をパーン!と叩かれた時は、痛くて苦しくて息が止まりました。

【20】無題中神 麻衣 様 投稿日 2006年9月6日 
私が2年生の時、高校バレー部の3年間で最もひどい体罰を受けました。
練習試合が行われた日、試合前に荷物を持とうとして屈んだら、
「ブラが見えた」と他校の男子(中学時代、塾が一緒でしたので知り合いでした)にからかわれました。
それを顧問に見られていて、試合後は私だけ帰らせてくれず、
顧問に「色気づいている」と怒られ、部室に連れ込まれました。

部室を完全に閉め切られて軟禁状態にされ、顧問にいきなり両手で乳房をつかまれて捻られました。
痛くて悲鳴を上げると、顧問に「うるせぇ!」と怒鳴り付けられて突き飛ばされ、お腹を蹴られました。
息が止まり呻いていると、今度は乳房を蹴られました。お腹を蹴られた時以上に痛くて苦しく、死ぬかと思いました。

それから顧問に髪をつかまれて(高校時代の私の髪型はポニーテルでしたので、
ポニーテールの部分をつかまれて引っ張り上げられました)立ち上がらされ、「服を脱げ!」と命令されました。
顧問が怖くて拒否出来ず、言われるがまま服を脱いで下着姿になると、
「下着もだ!」と顧問にブラジャーとパンティを剥ぎ取られました。
(その時剥ぎ取られたブラジャーとパンティは、そのまま顧問に没収されて、それっきりです)

私が全裸姿になった後、顧問に乳房を揉まれて股間・お尻・太腿を執拗に触られ、
「いっその事、部活やめて男と遊んでいる方がいいか?」と聞かれました。
私は気が動転して、つい「やめません!続けさせてください!」と答えてしまいました。
すると顧問に「2度と色気づこうと思わないよう、体に教え込んでやる」と言われて、
私は「お願いします」と言うしかありませんでした。

そして顧問が竹刀を持つと、「まずは、両手を壁につけて、そのデカ尻を突き出してもらおう」と言われました。
私がそれに従うと、竹刀でお尻を長時間メッタ打ちされました。
想像を絶する痛さと辛さに耐えられず、アッサリ泣きました。

その後、顧問に「両手を後ろに回して、胸を張れ!」と命令されて、
今度は竹刀で乳房をメッタ打ちされました。
いつの間にか気を失ってしまいましたけど、顧問に頬を往復ビンタされて意識を取り戻しました。

私が目を覚ますと、顧問は「お灸をしてやる」と言って、火のついたタバコを、私のお腹に押し当てました。
私が大声で悲鳴を上げると、タオルで口を塞がれて、
背中にも何箇所か押し当てられ、乳首にまで押し当てられました。(そのタバコの跡は今でも残っています)

竹刀でメッタ打ちされた乳房とお尻からは血がにじみ出ていましたが、
全裸のまま日が沈むまで正座させられ、1回だけ足を崩そうとして、顧問に拳で頬を殴られました。
その後、「少しやり過ぎたか」と顧問が手当てしてくれましたけど、
帰宅後に体調が悪くなり、顧問の許可をもらって1週間休みました。
その1週間は天国のような日々でしたけど、その後は再び地獄の日々でした。

後になって考えれば、明らかに訴訟ものですが、
その当時は、どんな辛い目にあわされても訴えようと言う気が起きませんでした。
バレー部時代の友人ともよく話しますが、もしかしたら洗脳のような物だったのかもしれません。

【21】学費が高い女子高由奈 様 投稿日 2006年9月13日 
私が通っていたのは、県内でも5本指に入るほど学費が高い私立の女子高です。

規則が厳しく、生徒への体罰など日常茶飯事。
教師の殆どが、遅刻・宿題忘れ・服装違反・挨拶の仕方が悪い・
廊下を走った・所持品検査に引っ掛かった等を口実に、ビンタ・ゲンコツ・ケツバット等の体罰を加えていました。


そして生徒に対し、スカートめくり・胸を揉む・お尻または太ももを撫でる等のセクハラをする男教師も結構いました。
なかでも、古文を教えていたジジイ教師は最悪。
古文の授業の時、チャイムが鳴っても席に着いていなかったり、
教科書またはノートを持参しなかったり、宿題忘れをしたり、質問に答えることができなかったりした生徒を、
クラスの皆が見ている前でスカートと下着を脱がせて、お尻を揉んでいたのです。

お尻を揉まれた後は決まって、お尻の左右を素手で1発ずつ引っ叩かれて(物凄く痛かったです)、
下半身裸のままで、授業が終わるまで床に正座しなければならず、私も含めクラスの殆ど全員が被害経験ありでした。
数多くいたセクハラ教師の中で、生徒に下着まで脱がせていたのは、このジジイ教師だけです。

【22】演劇部時代の惨めで忌まわしい思 い出久恵 様 投稿日 2006年9月27日 
高校(女子高)の部活(演劇部)で、顧問の男性教師(50代)から3年間セクハラと体罰を受けていまし た。
「稽古着」として常にレオタードだけの着用を強要され、
それも顧問が見てる前で着替えなければ成らず、3年間ずっと全裸とレオタード姿を顧問にジロジロ見られていたのです。

そして来る日も来る日も「基礎訓練」という名の、腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワット、ブリッジ、倒立、声出し等、
運動部顔負けのハードなシゴキの繰り返しで、体罰もひどく、ビンタされたり、乳首を抓られたり、
乳房を握り締められたり、お尻を蹴られたり、竹刀でお尻を叩かれるのは日常茶飯事でした。

公演間近になると「演技指導」と称して、私たち部員の胸や股間やお尻や太股を普段以上にベタベタ触り放題で、
顧問にとって(女子高の)演劇部はセクハラ天国だったのです。
親に相談して学校に抗議した所で、ウヤムヤに処理されて退学に追い込まれるのがオチでしたので、
結局、卒業まで辛抱し続けるしかありませんでした。
部活見学の時は、みんなレオタード姿でなくジャージ姿でしたし、
ダンスと発声練習の様子しか公開されていませんでしたので、騙された気分です。

【23】体力テストでの出来事夜行 様 投稿日 2006年10月3日 
私の通っていた高校では、体力テストを学校で行なわずに近くの陸上競技場で行なっていました。
体力テストが終わり帰り支度をしているときでした。
学校なら、男女の更衣室がありますが競技場では観客席をクラスごとに分けたために
直ぐ近くで女子も帰り支度をしていました。

そんな中、クラスで活発な女子が自分いた場所のひとつ下の椅子にあしをのばしてストレッチをしていました。
しばらくしたあとに、特に意識はせずに女子の方をみると足を立てていたため、ズボンの間からパンツが見えました。
女子の大半が足を長く見せるためかかなり上げパンしていたためほぼブルマ状態だったから起きたことでしょう。
一瞬の出来事でしたが、ズボンの色が紺にたいして、パンツの色が赤だっためはっきりと頭に残ってました。
帰り道もその赤いパンツを思い出しながら帰宅しました。

【24】最低な生活指導教師早紀 様 投稿日 2006年10月12日 
高校は女子高だったけど、生活指導のK林っていう中年男教師がいて、
「スカートは短くないか」とか「パーマかけてないか」とかで毎朝必ず校門の前で張ってて、
見つかるとその場でお尻を突き出す格好をさせられて、竹刀でお尻を1発叩かれました。

私自身は、スカートや髪が理由で叩かれた事はなかったけど、
3年の2学期の時に1回だけ遅刻してしまった事があって、しかも、その日の遅刻者は私だけでした。

そしてK林の命令で、恥ずかしいのを我慢してK林に向けてお尻を突き出したら、
K林に「ほう、コイツは叩きがいがある尻だな」と言われて、竹刀でお尻を10発も叩かれたのです。
あまりにも痛くてお尻をさすってたら、「話があるから、放課後になったら指導室に来い」と呼び出しされました。

指導室に行くと、K林にお尻を撫でられて「尻はまだ痛むか?」
「本当は何歳なんだ?いい尻しやがって」と言われ、
その後も「乳首は何色だ」「今まで何回痴漢にあったんだ」
「幾ら出せばヤラせてくれるんだ」等と執拗にセクハラ尋問されたり、胸を揉まれたりで、もう散々でした。
K林の顔なんか2度と見たくないです。

【25】ブルマー尻の思い出つよし 様 投稿日 2006年10月14日 
高校の時は、女子のムチムチしてこぼれそうなお尻を包んだブルマーに発情してました。
何の警戒心なしにお尻を突き出したり、お尻を振ったりするのが堪りませんでした。

特に、3年の時クラスが同じだった恵チャンと弥生チャン(共に仮名)のお尻は、
形も大きさも文句なしだったので、毎日のように、
恵チャンと弥生ちゃんのパンティーラインがハッキリと浮かび上がった
ブルマー&ブルマーからはみ出てた美味しそうなお尻を思い出しながらシコっていました。

正直言って、現在のブルマー衰退化は哀し過ぎです。

【26】水泳の授業の筈が百合子 様 投稿日 2006年10月17日 
高校(某県立女子高)の時、水泳の授業(4時限目)の時に、数人が開始時間に遅れました。
そしたら担当の男体育教師がブチ切れて、全体責任とされ、クラス全員水着のまま、
炎天下のグラウンドの真ん中で正座でした。

グラウンドの砂利が痛くて、暑くて、足が痺れて、恥ずかしくて、とてもつらい正座でした。
チャイムが鳴って昼休みになっても、そのまま正座だったので、
他のクラスの人たちにジロジロ見られ、完全に晒し者でした。

暫くして、全員水着のまま一列に整列させられて、
両手を前に出して前屈みになってお尻を突き出す格好をさせられ、
その男体育教師に、竹刀で5発ずつお尻を叩かれました。

水着の上からだったので、メチャクチャ痛かったです。
その後、遅れてきた数人に往復ビンタの罰が追加されて、やっと開放されました。
その年の、最初の水泳の授業だったので、全校生徒への見せしめだったような気がします。

【27】水泳の授業の筈が真理 様 投稿日 2006年10月19日 
私がいた女子高は、ビンタやケツバットやケツ竹刀とかの体罰なんて日常茶飯事でした。
男性教師は女子生徒を好きなようにしていて、遅刻・服装・忘れ物・授業中の私語などを口実に、
私たち女子生徒のお尻を叩き放題。(ビンタは女性教師がやってました)

理不尽さに耐えられずに、男性教師にちょっとでも反抗的な態度をとれば、
放課後、遅くまで残されて、なぜか体操着に着替えさせられて
(それもブルマー姿にでした)、何時間も正座だったのです。

教師命令でしたので、嫌々従っていましたけど、
単に私たち女子生徒のブルマー姿が見たかっただけとしか思えません。

【28】体育の先生沙耶香 様 投稿日 2006年11月2日 
高校(女子高)の時、体育の先生(40代前半の男性)は外見がヤクザその物でした。
それでもって凄く短気で、ちょっとお喋りしただけで怒るんです。
先生の言い分としては、気の緩みが怪我や事故につながるから、だそうです。

とは言っても、お喋りが大好きな女の子ばかりでしたから、いつも何人かが先生の目を盗んでお喋りしていたのです。
先生は「こら!そこ!」と怒鳴って、お喋りした子の名前をメモしていました。

先生は、いつも竹刀を持っていて、それで授業終了10分前になると
「今から名前を呼ばれた奴は前に出ろ!」と前に出させられ、
「俺の授業でお喋りとは良い度胸だな!」「中腰になって尻を突き出せ!」って言われ、
先生が怖いので言われた通りにするしかなく、みんな中腰になって耐えました。

その後、一人10回ずつお尻を竹刀で叩かれました。
ブルマの上から(真冬でもブルマ強制でした)だったんですけど、先生が思いっきり叩くので、かなり痛かったです。
竹刀がお尻に命中した時の音も凄かったので、罰を受けない人たちは、みんな目を背けていました。

体育の授業で一番嫌だったのは、水泳の授業終了10分前の時でした。スクール水着の上からお尻を竹刀で叩かれたので、ブルマの時よりも更に凄い痛さでした し、叩かれた痕が1週間位は消えませんでした。

それに、水泳の授業の間は、男の先生に水着姿を見られていて凄く恥ずかしかったです。

最悪の体験をしたのが、3年の水泳の授業の時でした。
その日は暑かったし、3年になって最初の水泳の授業でしたので、
友達と3人でふざけていたのが先生の逆鱗に触れてしまったのです。

先生に「そこの3人!ちょっと来い!」と呼び出され、
まず私が「飛び込み台に両手をつけて尻を突き出せ!」って言われました。
先生がいつも持っていた竹刀で、お尻を30回も叩かれ、他の2人も30回ずつ叩かれました。

私たち3人は泣いてしまい、お尻が真っ赤に腫れ上がりました。
先生は、他の人たちに「プールは危険が多い!にも拘らずコイツ等はプールでふざけていやがったから、
懲らしめてやったんだ!」って言い放ちました。
私たち3人はプールサイドで正座させられ、授業が終わるまで晒し者でした。

【29】エロ教頭あずさ 様 投稿日 2006年11月9日 
私は女子高の出身です。その当時は何故か、体育の授業と体育祭の時はブルマが強制でしたが、
その事を除けば、1・2年生の時は至って平穏な高校生活でした。

でも、私が3年生に進級してから状況が一変しました。と言うのも、
その年の春に進学校(男子高)から赴任して来た教頭が、
背後から女子生徒の胸やお尻を触って来るエロジジイだったのです。

触った後は「手が滑っちゃった」等と、ほざいていました。
教頭のセクハラは日常茶飯事で、多くの生徒が餌食になりました。
私もその一人で、廊下とかを歩く時は常に背後に注意しましたが、
1年間で数え切れない程、このエロ教頭に胸やお尻を触られてしまったのです。

そして、その年の体育祭でした。開会式での教頭挨拶が回ってくると、
このエロ教頭は「今日は皆さんの太ももが眩しくて良いですね」と、とんでもない一言を放ったのです。
その瞬間、教頭以外は全員アメリカザリガニの如く引いてしまいました。

開会式の後、教頭は校長先生に注意されましたが、その後も、教頭のセクハラが止む事はありませんでした。
このエロ教頭、今では、別の女子高の校長になっているそうです。

【30】遅刻の常習犯だった私綾乃 様 投稿日 2006年11月13日
高校時代、高下駄に三角帽子、竹刀に袴姿で、
毎朝、校門で私たちの制服やら遅刻やらを厳しくチェックしている怖い男の先生(当時30代後半)がいました。

私は、校内で唯一の遅刻常習犯だったので、毎朝その男の先生に
「お前の、そのでかいケツを、もっとでかくしてやるっ!」と竹刀でお尻をバシバシ叩かれてました(涙)。

その男の先生は女子体育担当で、体育の授業時に一人でも遅刻やら忘れ物やら私語やらをすれば、
全体責任として全員のお尻を竹刀で叩いていました。
その所為で、登校時に続いて体育の授業でも、竹刀でお尻を叩かれた日も多く、
既に腫れたお尻を叩かれるのは、ホント辛かったです・・・。

確かに「いつも遅刻する方も悪い」と言われたら、それまでです。
でも、その男の先生は、男子に対しては拳骨で、女子のお尻だけを竹刀で叩いていたのです。
どう考えても、そういう趣味をお持ちだったとしか思えないです!